ここでは卒煙について自分なりに考えて書いてみました。
ただ、とても為になる話というよりかは、3ヶ月間の禁煙に成功した皆さんのウイニングランのようなつもりで、軽い気持ちで読んで下さい。

まだ3ヶ月禁煙してないから
読みたくない!
という方は下のボタンでトップページに戻ってください。
この記事で書くお話は2つあります。
一見、禁煙と関係ないように感じられるかもしれませんが、ちゃんと関係のあるお話です。
○○中毒だった元同僚の話
まず一つ目のお話です。
以前、私は特殊な職場に勤めていたことがあり、そこで元々いけないお薬で捕まったことのある同僚がいました。
いけないお薬というのは、要するに覚〇剤のことです。
彼は売人であるとともに、自分自身でもそれを嗜んでいたのでした。
彼は自分と同い年だったものの店長でしたが、タメ年だという甘えもあり、私はあまり上下を意識せずにフランクに接していました。
彼については売人時代の話を聞いた時に、

リピーターになってもらうコツは注〇器を
無料でサービスすることだ!
と言われ、まるで大衆食堂のおばちゃんが、

お客さんにまた来てもらおうと思ったら
ご飯大盛を無料にするのがポイントよ!
と言うようで、妙におかしかったのはいい思い出です。
まだお薬をしたくなるか聞いてみると・・
こういう人といると、当然その話が気になるものだと思います。
ある時、覚〇剤の強烈な中毒性について知っていた私は、何の気なしに「まだしたくなる?」と彼に聞いたことがあります。
たぶん、彼は「いや」とか「全然」とか答えたと思います。
要するに、彼はまったくその欲望を持っていないと言うのでした。
さすがに「まったく」というのは誇張があるのかもしれませんが、彼がそこまで強がる風でもなくそう答えたのが私には印象的でした。
実際、その職場でたまたま落ちていた覚〇剤を拾った(どんな職場だよ‥)時の彼の様子を見ても、あながち強がりではないのだとあらためて思いました。
彼はそれを水に落として泳ぐのを見て「これ本物だよww」と平気でヘラヘラしていたからです。
なぜあっさり覚〇剤を辞められたのか
その職場を辞めた後も、私はそのことを不思議に思い、考えたことがあります。
彼はなんであっさり覚〇剤を辞められたのか、ということです。
私は一点だけ思い当たる点がありました。
それは彼が、仕事に情熱をもって全力で取り組んでいたということです。
情熱がもてる仕事に全力で取り組んでいた彼には、過去にしていた覚〇剤のことなどもはや思い返す価値のないものだったのだと思います。
それを禁煙に当てはめて考えてみます。
私が思うに、タバコであれ覚〇剤であれ、「それに代わる何か」があるのとないのとでは、やめる時の優位性がまったく異なるということです。
しかも彼が喫煙者だったというのも、なんだか妙に面白い点です。
もっとも、彼はタバコをやめようとしてはいなかったですから、それで「タバコは覚醒剤の中毒性を上回るのだ」とはいえないでしょうが。
ともかく、これが一つ目のお話です。
悲しみの罠
これは二つ目のお話です。
以前、私は自分が禁煙に挫折して再開する時の様子をレポートしたことがありました。
この時、私は自分の喫煙のトリガーを見極める実験をし、その2つ目に「自己憐憫」を上げていました。
私は「タバコすら吸えない自分は何て哀れなんだろう」「ここでタバコを吸わないで我慢したところで、自分にどんなご褒美が待っているというのだろうか」と思いました。
私はこれを自分の個人的な所感を述べただけのものと思っていました。
ところが、たまたまメンタリストのDaigoさんのブログを見る機会があり、これとよく符合するようなことが書いてあって驚きました。
人間は特定の感情を感じている時に、その人が喫煙者であった場合、あるいは、喫煙経験者だった場合にはタバコを吸いたくなってしまうということが分かっています。
(中略)
その感情とは悲しみです。
実は、悲しみを感じやすい人ほどタバコに手を出してしまう確率が高くなるし、悲しい感情を感じるほど人間はタバコを吸うのではないかということを示してくれたのが今回の研究です。実験としては、例えば、20年間にわたり10685人を対象にアメリカのアンケートデータを分析してみると、普段から悲しみの感情をたくさん感じる人ほど、一旦禁煙に成功してもその後10年ぐらい経った後にもかかわらず喫煙を再開してしまう傾向が高いということが分かっています。
そういう意味では、タバコを吸う人は禁煙しても悲しい感情をキーにしてまた喫煙者に戻ってしまう可能性が高いということです。
私の表現は「自己憐憫」と少し異なるものではありましたが、これを読んで、自分が感じたものは普遍的な喫煙欲求の形態なのだと思い、非常に興味深く思いました。
最後に
一つ目のお話は、情熱をもって取り組めることのある人間は強烈な中毒にすら打ち勝つ、ということでした。
そして二つ目のお話は、悲しみから免れたならば、喫煙欲求の罠に陥る危険性が少なくなる、ということです。
これらを総合して結論を述べると、それは卒煙したいなら真に幸せな人になって下さい、ということです。
あなたが真に幸せな人になって、喫煙では得られないような情熱や楽しみや喜びを日々感じているなら、もはやあえてタバコという作為的で偽りの幸福に陥る必要はないからです。
最後に、あらためて3ヶ月の禁煙、おめでとうございます。
あなたがこの3か月間だけでなく、これから先の人生でも無事に卒煙できることを祈りつつ、この記事を終えたいと思います。